「かがくのとも」が編む、
世界を面白がるヒント
写真(ポートレート、絵本)/近 秀幸(amana)
写真(展覧会場)/猪飼ひより(amana)
2019年で創刊50周年を迎えた、福音館書店の月刊科学絵本シリーズ「かがくのとも」。5〜6歳児を主な対象に「科学の純粋な楽しさ」を伝えてきた歩みを、編集長の川鍋雅則さんにうかがいます。同誌初となる科学展「あけてみよう かがくのとびら」展(2019年9月8日まで開催)にもお邪魔しました。
科学の基本を私たちに伝える人々にお会いする、今回の特集。みなさんが人生で初めて「かがく」という言葉を意識したのは、いつごろでしたか?
きっとハッキリ思い出せる読者も少ないと思います。ただし、第一歩として触れた人も多い絵本が、月刊「かがくのとも」ではないでしょうか。
2019年で50周年を迎えたこのシリーズからは、通算607冊(2019年10月号現在)もの作品が世に送り出されました。現在9代目となる編集長の川鍋雅則さんを編集部(東京・文京区)に訪ねました。
50周年の記念誌『かがくのとものもと』を読むと、1冊の絵本ができ上がるまでに3年以上もかかっていてビックリしました。それくらい丁寧につくっているのですね。
最低でもそれくらいですから、長いともうちょっとかかるんです。月刊誌なので年12冊。そこから人気があった本、反響があった3〜4冊くらいを選んで、3年ほど経ったらハードカバーの単行本として出版します。長く読み継がれるロングセラーも多いので、普遍的なテーマを選んでいるんです。
読者の対象として、本の裏表紙には、例えば「読んであげるなら4才から。じぶんで読むなら小学校初級から」といった表記がありますね。
基本的には、就学前の5~6歳、幼稚園の年長さんクラスに向けています。絵本の体裁ですから、保護者や園の先生など、身近な大人に読み聞かせしてもらうのが大前提ですね。
基本的には、ひらがなで書かれていますが、単に漢字を“ひらく”(ひらがなにする)のではなく、声に出して読んだときに5~6歳の子に伝わる表現かを考えます。例えば「かいすい(海水)」と言うのか、「うみのみず(海の水)」と言うのかでは、わかりやすさがまるで違いますから。
ラフ(大まかな下書き)で考えるときも、まずはひらがなで書いてみて、それでちゃんと伝わるかを検討します。同義語がある言葉を使うと紛らわしいから、別の表現にしましょうとか。声に出して、ちゃんと読みやすいかを確認します。
あとは、大人が読んであげるときに、しっかり声に出せるかは大切です。例えば「そらのうえからねらったばしょ」なんて、ひらがなが続いちゃうとパッと読むのは難しいですよね。
そのために入っているのがスペースなんですね。
“わかち”と言っていますが、『せんしゅのスピードに あわせて ゆっくり とぶことができます』という感じです。
創刊号(1969年4月号)の「かがくのとも発刊のことば」を読むと、本当に志高く始められたのが伝わってきました。あらためて、現在はどんな編集方針でつくられているのでしょうか。
基本的な編集方針は変わりません。科学の楽しさ、科学的なものの見方を子どもたちに届けようというのが最初からある考えです。それ自体はブレることなく今日に至っています。
デザインや絵の表現で心がけていることはありますか?
それぞれの作家さんが持っている作風以上に、作品ごとのテーマがあります。そこをいかに見せられるかを第一に考えています。
例えば、『ポットくんとテントウくん』という作品は、トマトの苗につくアブラ虫とテントウ虫の話です。すごくデフォルメした絵ですよね。
ここで描きたいのは、トマトの苗とアブラ虫とテントウ虫という、三者の「関係性」ですから、それをどんな風にしっかり描くかが大切でした。すべてをリアルな絵で描くことだけが科学ではない、と思っています。
『ちのはなし』という作品は、色数が限られているように見えながら印刷がとても綺麗なので、動脈と静脈の微妙な色の差がわかりますね。
あえてビジュアルをとても簡略化しています。人間の血管をしっかり全部描こうと思ったら、こんなデフォルメした絵にならないですよね。心臓から動脈、静脈を通って血が流れていくことをまず伝えたい場合、細かくすべての血管を描くよりは、シンプルな絵のほうがわかりやすくて良いという考え方です。
何をテーマにするか、何を伝えたいかによって表現は変わります。リアルな描写にこだわっても、テーマが伝わらなければ意味がありませんから。
取材にうかがった今日(8月6日)は、人類初の原子爆弾が広島市上空から投下された悲しい日でした。科学の側面には、こうした恐ろしさだとか、怖さといったものがあると思うのですが、それを5~6歳の読者に対して伝えるのは、まだ難しいものでしょうか。
加古里子(かこ さとし)*1 さんなどは、戦争というものをテーマに作品をつくりたいとずっと仰っていたんです。でも、子どもに対して「なぜ、戦争は起こるのか?」をひも解くのは、やっぱり難しい。
ご本人が仰っていたんですが、それこそ経済的な側面とか、宗教的な側面とか、いろいろな背景があるなか、それらを小さい子にちゃんと見せるのは難しいねと。だって「どうして人って争うの?」というところからですものね。
これから科学のことを考えていくうちに、科学技術の怖さを理解していくのは必要なことかもしれませんが、まずは「楽しさ」を伝えたい。これが科学への入口です。身近なところに「こんな面白いものがあるんだ」というところから始まり、そこから考える種というか、キッカケを育んでほしいと思います。
*1 加古里子(かこ さとし)(1926-2018)
日本の絵本作家、児童文学者。工学博士、技術士(化学)。本名は中島 哲(さとし)。「里子」は俳号。デビュー作は、大勢の大人が何年もかかって大きなダムを完成させる『だむのおじさんたち』(福音館書店「こどものとも」1959年1月号)。「だるまちゃん」シリーズなどのユーモラスな絵本から、科学絵本にいたるまでを手がけた。遺作は『みずとはなんじゃ』(小峰書店)。
科学の学説は更新されていくものですが、ロングセラーの場合、直さなくてはいけないケースもあったりしますか?
なるべく普遍的なものをテーマにしていますが、単行本になったとき明らかに新しいものが出てきた場合、重版*2で書き直したり、絶版にしたりということはあります。最近だと、この恐竜の絵本ですね。
鳥の先祖が恐竜だったという話です。この月刊誌を出す数年前に「中国で鳥と恐竜をつなぐ化石が出てきた」という発見がありました。ただ、化石が出てきた当初、毛の色などはわかりませんでした。
でも、最近になってDNA解析などで色までわかるようになったんです。国立科学博物館の真鍋 真*3先生に「今ならこの部分の色を変えたほうがいいのでは」といった学術的なご指導をいただいています。その結果を踏まえ、編集部から作家さんにお願いして、表紙も描き直してもらい改訂版にしました。
*2 重版(じゅうはん)
以前の版の内容に修正や加筆をして、新たに印刷・販売すること。一方、全く同じ版のまま新たに印刷・販売することを「増刷」という。例えば、1度重版をした印刷物に増刷が2回かかった場合などには「二版 第三刷」といった表記を奥付(書誌を記載する場所)に記載する。
*3 真鍋 真(まなべ まこと)
1959年東京生まれの古生物学者、恐竜学者。国立科学博物館 標本資料センター・コレクションディレクター/分子生物多様性研究資料センター・センター長。世界初公開となる、むかわ竜(カムイサウルス)やデイノケイルスの全身化石を展示する「恐竜博2019」(2019年10月14日まで同館で開催)の監修を務める。父はイラストレーターの真鍋 博氏。
絵本をつくるとき、まず作者と編集者はどんな話をするのですか?
軸となるテーマを話し合うことからですね。やりたいテーマがあっても、進んでいくうちにブレてしまうケースもあるので、最初にしっかり伝えるべきテーマを据えておくことを意識しています。
先ほどの『とりになった きょうりゅうのはなし』は、図鑑や教科書的な知識を押しつけるものではなく、「恐竜と鳥の歩んだ長い歴史を『物語』として5~6歳の子どもたちが楽しめるような本にしよう」というテーマでした。
この本は、私がちょうど「かがくのとも」編集部に入ったころ、先輩の編集者と著者に同行して、初めて取材させてもらった思い出の作品です。取材先は恐竜ではなく植物、古生学の専門家でした。恐竜のいる時代の絵を描くので、背景に描く植生について聞きに行ったんです。
時代考証をされるのですね。
背景に何を描くのか、しっかり知っておかないとゴマかしになってしまう。実際の背景としてどんな内容が必要なのか、しっかり取材に行くことを初めて学びました。
本ができ上がっていく過程でも、ファクトチェック(事実確認)は欠かせません。ラフの段階で専門家に話を聞いておくだけでなく、絵ができた時点でも実際に見てもらうんですね。
『ヘリコプターはっしん!』はヘリコプターの話なので、ヘリコプターを運営している会社や消防庁にも行きました。
現在、ここに載っているような運用をまだされていませんが、「もしもこういう火事があった場合、こんな風にヘリが使われるだろう」という場面をしっかり描いています。
各作品から“すごみ”というか、動かしがたい確実さが伝わってくるのは、けっして曖昧な理解のままで終わらせていないからなんですね。
そうですね。押さえられる事実はすべて押さえ、それらをわかったうえで描いてもらうようにしています。
そもそも、川鍋さんがこの仕事に就こうと思ったのは?
本が好きだったので、中途試験で福音館書店に入社しました。最初は経理だったんです。前の会社で総務的な仕事をすべてやっていたので、書類関係の仕事はなんでもできます!とアピールして(笑)
編集部に異動になったとき、うれしかったですか?
それはもう、もともと本をつくりたかったので「お~っ!」という感じでした。ただし、つくるのがノンフィクション、しかも理系のシリーズなので「あれ、かがくのともですか……」という気持ちになったのを覚えています。
好きだった本は、小説などですか?
ええ。ミステリーも好きでした。ノンフィクション的な本をあまり読んでこなかったクチですね。フィクションだと、どちらかというと作者の世界観がバーンと出る感じですけれど、ノンフィクションの場合、実際のこの世界というのが一つに決まっているわけで。
でも、今ではしっくり来ています。「かがくのとも」の絵本づくりというのは、「実際の世界という舞台から、どういう物語を見つけ、どう拾っていくか」なんです。いろんなものを見て「これは面白そうだな」と拾い上げていく作業は、案外と自分の性分に合っていたのかなと思います。
拾うだけじゃなく、「もしかして、これはこうなのかな?」と思いながら実際に試してみて、考えていたことと合っていた、違っていたと振り返りながら、最終的な答えみたいなものが出てくる。
こうした「観察→仮説→実験→検証→考察」という科学の流れが、鬼ごっこのような子どもの遊びにだってあるし、日常的な料理にもあるんですね。
「身近なところに科学はありますよ」と伝え、そういったものを見つける眼、面白がる心をどんどん育んでもらえればと思います。
今回は「科学を伝えるこころ」という特集なので、ぜひ、川鍋さんにとっての「科学」とはいったい何かをうかがいたいです。
だいぶ前にも同じことを聞かれたことがあって、困っちゃったんですよね。その後によく考えた結果、「ある一つの事象を、人間の持つ言葉で表すという行為」だと思いました。目の前の現象に対して、これは何々だと説明すること。そうした営みが科学なのかな、と思います。
自分の内面を言葉にするのが小説などだとしたら、自分の外にある世界を言葉で表す行為ということですね。
そう言われるとそうですね。科学は目にしたもの、外の事象を扱っていますから。
最後に、51年目を迎えた「かがくのとも」から、私たち読者へメッセージをお願いします。
50年前と比べると、5~6歳の子どもたちが育つ環境は大きく変わっていると思いますが、子どもたちが持つ面白いと思う心、興味の持ち方というのは、基本的に変わらないものだと思っています。
「かがくのとも」は、もうちょっと目を凝らせば、いろんなところに面白いものがあることがわかる、それに気づくお手伝いをする絵本です。今まで知らなかった世界への入口を絵本でちょっと体験してみて、あとは自分でどんどん踏み込んで行ってほしいなと思います。
もしかしたら5~6歳だけではなくて、最近はカフェなどにも絵本は置いてありますし、大人へのプレゼントとしても喜ばれますから、それが科学の小さな入口になると良いですね。
そうです。本を読み終えたら、その本を置いて外に出て、庭先や草っぱらに行って、地面や植物をよく見たり、実際に触って確かめたりしながら、自分の世界を広げてほしいなと思いますね。
NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「展覧会場のコーナーで、じっくり1冊ずつ『かがくのとも』を読むことができました。毎月440円(2019年現在)という絵本に込められた、膨大な思索と創作の時間。大人も贅沢に味わえるはずです」
amanaphotography所属。「言葉で説明すると難しい物事を絵や図をつかって子どもたちに学んでも
https://jiijvil.wixsite.
amanaフォトグラファー。「小さいころに『みんなうんち』という、五味太郎さんの絵本をよく読んでいたことを思い出しました。大人になって、
https://amana-visual.jp/photographers/Hiyori_Ikai