鉱物とジュエリー、
自然科学と美の競演①
フランス国立自然史博物館
ピエール プレシューズ〈貴石〉展から
フランス国立自然史博物館
ピエール プレシューズ〈貴石〉展から
4世紀にわたる歴史を誇るフランスの国立自然史博物館で2021年6月まで開催されているのが「ピエール プレシューズ〈貴石〉」展です。披露される数々のコレクションが示すのは、地球の造形が生み出した本質的な美と、匠の技の融合。単なる鉱物資料あるいはハイジュエリーの展覧会ではなく、文化考証や自然科学の視点から、貴石の価値を伝える構成になっているのが特徴です。これまでも同館は、2016年にシンガポールのアートサイエンスミュージアムの「宝石にみる芸術と科学」展など、ヴァン クリーフ&アーペルとコラボレーションしてきました。私たちを魅了する貴石は、どのように誕生し、文化として定着したのでしょうか。美麗な写真の数々と、現地からのレポートでお届けします。
パリ植物園の敷地内にある、国立自然史博物館。その進化大陳列館(進化のギャラリー)にて、ロックダウン期間を挟みつつ2021年6月14日まで開催されているのが「ピエール プレシューズ〈貴石〉」展だ。
同館の所蔵品より約360点の鉱物やジェム(半貴石)、オブジェ、加えてメゾン「ヴァン クリーフ&アーペル」による200点以上のヘリテージコレクションが集結した。目と心を奪う。
まさに地球の誕生から進化していく過程を垣間見ながら、未来への展望を感じる展示だ。それも、宝石学と鉱物学の密接な関係を科学、芸術、技術の観点から、わかりやすく紐解く3部構成で、魅力を引き出している。
展示会場の空間デザインは、パリを拠点に世界各地で活動を馳せるデザイナーのパトリック・ジュアンとサンジット・マンクが率いるデザイン事務所JOUIN MANKU(ジュアン・マンク)によるものだ。
ヴァン クリーフ&アーペルの店舗設計と内装を手掛けた経験の持ち主であるだけに、メゾンが大切にする深い造詣を光と影、マクロとミクロ、遠近といったコントラストを巧みに操りながら優美に演出する。
展示会の構成では、今から約45億6,000万年前、星間物質により形成された地球誕生の場面が来場者を出迎える。宇宙の暗黒から出現するかのように、太陽系の年齢を推定する隕石や岩石、水晶 、化石たちのシルエットがショーケースに浮かび上がる。
ハイジュエリー界でスターの座を譲らないルビー。ミャンマーのモゴック山脈で発見されたというルビーの原石は、高さ6.4 cmという大きさにも関わらず、会場で圧倒的な存在感を放つ。
カットされた状態から宝飾技師が描き出すサヴォアフェール(匠の技)により、ヴァン クリーフ&アーペルの「フューシャ クリップ」として息吹を与えられるまでのプロセスは、第2部にもまたがって紹介されている。
また、オーストラリアで発見された最古のジルコンやクリスタル、月が誕生する以前から存在した隕石他30数種類の鉱石やジェムの一つ一つに、息を潜めながら見入る。すると、地球の神秘的で深い呼吸が聞こえてきそうだ。
それらとは対照的に、264 x 137 cm大もあるカッラーラ大理石による「マザラン枢機卿のテーブル」は、17世紀にイタリアのオルシーニ家よりカトリック教の枢機卿であったマザラン卿に贈られた、本展のマスターピースの一つだ。
鳥や蝶、植物のモチーフに、ラピスラズリ、アラバスター、碧玉、メノウ、真珠母を用いた無数の半貴石が散りばめられ、戦争と平和という壮大なテーマを緻密な技術で表現する。初めてフランス国内で公開されたことも追記したい。
第1部を締めくくるのは、現代ジュエリーの生みの親として、今日でも崇拝されるジャン・ヴァンドームによる「トルマリンの樹」。ジュエリーに天然石を取り入れた第一人者であるがゆえに、それぞれの石が持つ色や透明感の特徴を活かしつつ、独自のスタイルをジュエリー制作に注ぐという創作意図が伺える象徴的な作品だ。
ここからは、発見の感動を情熱へと変換させていく歩みを感じるパート。「ネク・プルス・ウルトラ」(「この先には何もない」「これ以上のものはない」の意味)が脳裏から離れない。地球の姿に直面する。
34種類の異なる半貴石と金、プラチナの2種類の貴金属が、自然現象をテーマにした圧力、温度、流動性、水、酸素、生命、変成作用と地球流体力学のサイクルの中で、鉱物が形成され、それらを人間の手が変身させていくプロセスに迫る。
圧 力
火山の噴火などにより、深さ370〜750 kmのマントルから地表に現れるのがダイヤモンド、カラーダイヤモンド、ペリドットやプラチナ。
フランスでは初めて展示された204.03カラット、673粒のダイヤモンドで構成されたネックレスは、エジプト最後の王妃ナズリ・サブリが、娘ファイーザの結婚式の際に注文した傑作で、今日でもヴァン クリーフ&アーペル のヘリテージ作品である。
温 度
地球や惑星を構成する個体が溶解したマグマが、圧力の影響で伸縮しつつ、緩やかな温度低下とのギャップで、鉱物を融解させる。平均600〜700度で結晶化する石英(クオーツ)は、その透明度でモダンアートやアール・デコのアーティストたちを魅了した。
流 動 性
マグマ自体の成分の分離が進んでいくことで、結晶化を続ける鉱物。このとき温度低下の鈍化や融点の上昇などの条件を満たすと、析出成分は大きな結晶に成長し、その結晶成分の純度が高くなる。こうした結晶群を多く含む鉱床を「ペグマタイト鉱床」と呼び、トルマリン、トパーズ、エメラルド、アクアマリン(緑柱石で知られる)などが採取される。
マダガスカルで発見された世界最大級の金塊は、深層の熱流体から形成された。
水
蒸発・降水・地表流・土壌への浸透などを経て、地球上を循環させる機能をする。また、この循環の過程で地球表面の熱の移動や侵食・運搬・堆積作用が、他の鉱物と化学反応を起こすことで、新種の鉱物を形成していく。
オーストラリアのオパールは、かつて熱帯雨にさらされた乾燥地帯に数百万年という歳月をかけて形成された。
酸 素
地球の大気のうち21 %(水蒸気を除く。残りは78 %が窒素、アルゴンが 0.9 %,二酸化炭素が 0.04 %)を占める酸素は、地表を改変していく作用を持つ。酸素は水に溶解することで、岩に侵食して鉄やマンガン、あるいは銅を豊富に含む鉱物を酸化させる作用を働く。トルコ石(ターコイズ)、カーネリアン、碧玉(ジャスパー)などがこうした環境で形成される。
生 命
生体が鉱物を吸収することで形成される生体鉱物には、貝殻などがある。また、生物遺骸の形が年月をかけて残るのが化石。有機物質を成分にする樹脂が数百万年の歳月をかけて化石になるケースもあり、琥珀(アンバー、コーラル、パール、アンブロイド)が該当する。真珠、サンゴなどもジュエリーとして愛されている。
変 成 作 用
地質構造における現象で、当初と異なる温度や圧力の変化や化学反応により、岩石の組織が変化する作用のこと。高温度と圧力の流体により「再結晶」もあれば、マグマが上昇することで「再加熱」される鉱物もあり、岩石の侵食により、そのごく少数が地表に出現する。ラピスラズリ、スピネル、サファイア、ヒスイなどである。
自然界の奇跡を科学や芸術の軌跡で辿ることで、将来への展望が見えてくる。
13万点以上の鉱物コレクション(うち隕石が約4,000点、半貴石が約4,500点、芸術品が約4,000点含まれる)が所蔵されるフランス国立自然史博物館内に「鉱物研究所」を創設したのは、18〜19世紀を代表するフランスの鉱物・結晶学者のルネ=ジュスト・アユイ(1743-1822)。世界で最も古い400年に渡る鉱物史を誇る当館に貢献した人物だ。
フランス科学アカデミーの会員でもあったアユイは、「結晶は、原子や分子が並ぶ小さなユニットの繰り返しである」ことを提唱。結晶面の寸法に整数比が成立することを立証して、「有理指数の法則」を発見した。当館が所蔵する50数点のアユイの鉱物コレクションは、今日でもイノベーションのインスピレーション源であり続けている。彼が結晶学を可視化させた小さな木製モデルにも無関心ではいられない。
17世紀半ばには、冒険家で商人のジャン=バティスト・タヴェルニエが、ブルーダイヤモンド(ホープダイヤモンド)をインドより持ち帰った。ルイ14世が購入した当時、112.5カラットあったそのダイヤは、加工されて69.30カラットの「王冠の青」や「フランスの青」と称されるようになり、儀典の際に着用するスカーフに付けられた。現在では、44.52カラットのダイヤが、スミソニアン博物館の国立自然史博物館に所蔵されている。
事実、歴史上どの時点で誰がカットしたのか不明な側面を残す。「呪いの伝説」によると、ヒンズー教寺院にあった女神シータの彫像の目にはめられた2つのうちの1つを盗んだ者に気づいた僧侶が、あらゆる持ち主に呪いをかけたとされている。そして、18世紀半ば、フランス革命中の王室の宝玉庫に忍び込んだ窃盗団が、宝石類を強奪しており、その中にブルーダイヤモンドも含まれていたという。
2008年に国立自然史博物館が、ダイヤモンド商人のダニエル・エリアーソンが所有していたダイヤが、「王冠の青」、そして後のルイ15世時代の金羊毛騎士団用ペンダントからカットされたものであることを確認している。さらに、2010年には、キュービック・ジルコニア製(人工ダイヤモンド)のレプリカを3年の歳月をかけて復元したことで話題を呼んだ。
パリは、いつの時代でも華やかな文化を謳歌させる街であるが、鉱物、ジェム、宝石への意識や関心を高めてきたのは、それらを取り巻く商人、コレクター、職人技師、芸術家、科学者たちが耽美主義を常に磨いてきたからであろう。さらに、鉱物学、地質学、考古学や人類学、芸術史と創作の境界線とその距離を縮めていくことがなされてきた。
20世紀の写真家ブラッサイも、国立自然史博物館で鉱物を被写体にしている。社会学者で文芸評論家のロジェ・カイヨワは、著書『自然と美学』や『石が書く』でも綴っているように貴石への関心を寄せ、鑑賞と想像力の働きを関連づけた。彼のコレクションを所蔵する同館では、石灰石に現れた樹状突起の模様を芸術的なメッセージとして捉える作品「Le Château(=城)」を、初めて展示した。
第二次世界大戦前にニューヨークのロックフェラーセンターにヴァン クリーフ&アーペルのブティックをオープンしたクロード・アーペルは、常に「すべての石には固有の魂が宿っている」と語った。時代を経てもメゾンの理念を大切にした歩みは、歴史の面々を伴奏しながら、その時代を刷新してきた。
1933年に特許を取得したミステリーセットは、「ピヴォワンヌ クリップ」や「フューシャ クリップ」で見られる高度な圧着技術で、ルビー、ダイヤモンド、サファイア、エメラルドといった貴石を支える金属を見せずに固定させた。
さらに、2000年以降、マーキスカットの貴石を使った「ナヴェットミステリーセット」を開発し、立体的効果の表現に成功。また、両サイドの台座を見せないようにして、石の透明感や光沢を強調することも可能にしている。
展示会は、地球の宝である鉱物やジェム、貴石へのオマージュとして捧げられる、ヴァン クリーフ&アーペルが今展のために創作した作品で幕を閉じる。
貴石の美を見出した人間の眼、それらをさらに輝かせることに成功した人間の知恵とサヴォアフェール。永遠に未知数を残す地球の姿に感動を覚えるひと時を堪能する。
→「鉱物とジュエリー、自然科学と美の競演②」へ続く
ジャーナリスト。翻訳・通訳家。東京生まれのパリ育ち。建築、デザイン、アート、産業、工芸 を横断的に考察し、日本とフランスの専門誌に寄稿中。「2020年は、
NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「2020年4月から開催予定だった〈貴石〉展は、コロナ禍により半年後の延期を余儀なくされました。現在、ロックダウン期間を挟みながらもパリで開催中の本展。現地への訪問はかないませんが、こんな時期こそ『悠久の時』に想いをはせながら、地球の神秘と匠の技に触れてほしいと思います。素晴らしい写真を用意いただいたフランス国立自然史博物館とフランソワーズ・ファルジュ教授、ヴァン クリーフ&アーペルに感謝します」