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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
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パーフェクトカレーの探求③

パーフェクトカレー
の探求③

~万物の専門家を訪ねて~

インタビュー・文/水野 仁輔
写真/大竹 ひかる(amana)

食研究家の水野仁輔さんが、自然・科学の各分野で「好き」を追い続ける人々を訪ね、一つ一つの知恵を調合。「カレーって、何だろう?」という長年の疑問の答えを探すインタビュー連載です。第3回のゲストは沼口麻子さん。他に類を見ない “シャークジャーナリスト” という職種から、水野さんはどんなことを考えたのでしょうか。

(→第1回の記事はこちら)(→第2回の記事はこちら

鮫の専門家がいる。初めて聞いたとき、「そりゃどこかにいるのだろう」と思った。でも学者なわけではないと聞いて興味のアンテナが思わぬ方向に振れた。

フィールドワークをベースとし、体当たりで世界の鮫に会いに行く沼口麻子さんの活動は、自分がカレーでやっていることとオーバーラップする。どんな気持ちで鮫と向き合っているのかを聞いてみたかった。


ハードルの高い研究対象

(聞き手:水野)沼口さんが鮫と向き合うとき、鮫のどこを見ているんでしょうか?

沼口「どこを見ているんですかねぇ。もともと生き物が大好きだったんですが、幼いころはメダカとかザリガニくらいしか飼えなかったんですね。大きい魚への憧れが強まったのかもしれません。大学の海洋学部に入ったら、魚好きがいっぱい集まっていた。イルカやクジラ、マグロ、イカ、サンゴなどひと通り勉強した中で、研究テーマとして鮫が穴場的な存在だと思ったんですよね」

沼口 麻子(ぬまぐち・あさこ)/1980年生まれ、東京都出身。東海大学海洋学部、同大学大学院海洋学研究科水産学専攻修士課程修了。在学中は小笠原諸島父島周辺海域に出現するサメ相調査とその寄生虫(Cestoda 条虫類)の出現調査を行う。2004年から2012年までIT企業で働いた後、シャークジャーナリストとしての活動を開始。世界中のサメを取材し、鮫という生き物の魅力をメディアなどで発信している。twitter アカウントは @sharkjournalist 、Instagram アカウントは @sharkjournalist 。Facebook で「サメ好きによるサメ好きのためのサメのポータルサイト」のコミュニティを運営している。

あまり人気がなかったってことですか?

沼口「そうですね。イルカはかわいらしいから女の子がみんなやりたがっていたし、サンゴは環境を守りたいっていう人がテーマにしたり、マグロは水産経済にガッツリ関連しているから人気があるし……。そんな中で鮫は需要が少ない」

可愛いわけではなく、ビジネスになるわけでもない。

沼口「しかも、どちかというとイメージはすごく悪い」


沼口さんの著書『ほぼ命がけサメ図鑑』(講談社)は、22種類(に数を泣く泣く絞った)の鮫たちを図鑑仕立てで紹介。ふりがなも漢字に多く付けられ、小学生から気軽に読める。第3章では、国内外の「鮫を食べる文化」に迫っている。全編にわたって鮫に対する偏見を解き、丁寧に情報を伝える構成。フカ掘りのためのコラムも充実。沼口さんいわく “シャーキビリティ(サメに対する知識や熱い気持ちという意味の造語)”が高まる1冊だ。巻末に24の「サメ体験スポット」リスト付き。

でもそういうところから魅力を見出したわけですよね。

沼口「そうですね。鮫を研究対象にするって、そもそもハードルが高いんです」

身の危険があるから?

沼口「実際には、身の危険はみんながイメージしているほどはないんです。それよりも研究対象としての希少性が問題。例えばイワシは1,000匹の統計を取れるけれど、ホオジロザメは困難。もしかしたら2年間修士課程で取り組んでも、一度も出会えない可能性もあるんです。優秀な人は、フィールドに出なくても論文が書けるかもしれないけれど、私はフィールドに出たくてたまらなかった」

「鮫は『哺乳類』みたいにバリエーションが豊富なんです。『サメ』って種名じゃなくて、グループ名だったんだなっていうことがわかりましたね。鮫という生き物ではなくて、鮫というある集団の中に、ライオンみたいなのがいて、羊みたいなのも、人間みたいなのも、カモノハシやネズミみたいなのもいて。そんなイメージで見ています」(沼口さん)


期待しないで会いに行く

自分のいる世界が世の中でどんな位置にいるのかをどうしても僕は気にしてしまう。衣食住と言われるもの以外にエンターテインメントがあふれる世の中で、食に関心のある人がどのくらい? 料理のジャンルでカレーは? そのカレーだけをやっている僕って?

でも、それは昔の話。今は、それがなくなった。マニアックでも限定的なものを突き詰めるとその先でいろんな世界とつながることがわかったからかもしれない。

鮫の世界に入っていった時に、今度はもう具体的にもっと多くの鮫に出会いたいってシフトするわけじゃないですか。鮫に対してどういう風に気持ちを高めるんですか?

沼口「逆に高めないですね。会おうって思って計画しても9割は会えずに終わるので期待しないで行く。『会えたらラッキー』くらいのテンションでやっていますね」

期待値を下げたとしても「行くのやめようかな」とはならないんですか?

沼口「生きている鮫に会えなくても、そこへ行けば鮫を食べている人がいるかもしれないし、鮫の歯や皮を加工している人がいるかもしれない。鮫は地球上そんなに多くないので。鮫にまつわる何かを見つけるのは得意なんです」

日本からかなり時間のかかる遠いところだったとしても?

沼口「一番遠かったのがスコットランド沖のウバザメ。外したら相当つらいなと思っていたんです。過去3年間、外してると聞いていたんですが、私が行ったときに4年目の正直。一発で出たんです」

その直後に低体温症になって生死を彷徨(さまよ)ったそうですね。

沼口「油断しすぎたんだと思います」


インタビューを収録したのは、沼口さんの本にも登場する「SPICE BAR(スパイスバル)コザブロ」
住所:東京都文京区向丘2-34-8 1F
営業時間:[水曜〜金曜] 18:00~24:00(L.O.23:00) [土曜] 11:30~15:00(L.O.14:30)/ 17:00~24:00(L.O.23:00) [日曜] 11:30~15:00(L.O.14:30)/ 17:00~21:00(L.O.20:30)
定休日:月曜・火曜 ※2019年8月12日(月)〜20日(火)まで夏季休業

同店のメニューには、お酒を飲んだ後の “締め” として「サメのカレー」がある(他にチキン、ラムキーマ、チャナマサラほか)。レモングラスとコブミカンの葉が爽やかなアクセント。レギュラーサイズ 1,000円、スモールサイズ 700円


一つの場所にじっとしていられない

研究者になりたいとは思わなかったんですか?

沼口「研究者って例えば鮫の肝臓だけを20年間見る仕事なんですよね。自分は一つの場所にじっとしていられない性格だから、そんな私ができることはなにかな? と考えた。研究者と一般人をうまくつなげたら面白いかもしれない。ハブみたいなポジションになろうと思ったんです」

「スリランカカレーが世界で一番美味しい食べ物だと思う」と語る沼口さんは、鮫の調査でスリランカにもよく訪れる


僕は最近、とあるメーカーの研究者から「水野さんは、ストーリーテラーなんだと思う」としみじみと言われました。確かにカレーの世界でも個別にジャンル分けしていくと自分より詳しい人はいくらでもいる。でも、一次情報を重視して動き、自分なりに感じたことを物語ったり表現したりする人は少ないんです。世界中の何百人もの研究者が、鮫を深掘りしている。その業界を回遊して、一般の人に魅力的に伝えるべく物語を紡いでいくという人がいなかった。だから支持されているのかもしれませんね。

スパイスバル コザブロでは、モウカザメ(ネズミザメ)の近縁種であるアオザメを使用。鶏肉に似た風味だが、白味魚の柔らかさを併せ持つ。この週の「限定カレー」もアオザメ肉を使った一品だった

店主の菅原孝三郎(こうざぶろう)さんは、大正元年(1912年)に創業し、築地市場で長年親しまれてきた「印度カレー 中栄(なかえい)」(現在は豊洲市場へ移転)で働いた後に独立。かつて築地市場がマグロよりも鮫の卸売りで賑わっていた歴史は、沼口さんの『ほぼ命がけサメ図鑑』318ページから紹介


正解ではなく「体験」を伝えたい

全体的に網羅することも部分的に深掘りすることも、どちらも魅力的な行為だ。でも、それ以上に僕がカレーの活動で大事にしているのは、これまでになかった切り口を見つけて新しい表現を生み出すことにある。

たまたま自分が夢中になれる場所に人がいなかったにすぎないが、未開の地に挑む行為だから成果があろうがなかろうが刺激的でいい。

沼口さんしか持てない視点が鮫界にはいっぱいあるんだと思います。今、興味あるものはなんですか。

沼口「鮫を全種類食べたことがある人はまだいないんですね。そこを極めていこうかなって」

それでスリランカやドバイへよく行くようになったんですね?

沼口「スリランカが好きで5回くらい行っていますが、市場で聞いて回ったところ、青鮫系を主に食べているようです。他にもいろんな鮫が食べられているはずなんですけど、次はもう一歩踏み込んで地元の民家を訪問してみたいですね」


日本でも食用の鮫は手に入るんですね。

沼口「日本では鮫は害魚か安い切り身のイメージなんですが、海外では保護対象生物という捉え方もされているんです。結構、感覚が離れている。日本でも世界と同じように、食べる一方で保護して共存するという、均衡を保てる状況にするのがいいのかなと思います。そういう文化を広めていきたい」

人間の乱獲によって鮫の数に異変が起きる。でも、安売りの対象なんですもんね。

沼口「例えば巻き網漁とかでマグロと一緒に入っちゃうと、マグロは高価な値段で売れるけど、鮫は売れないからゴミになっちゃったりする。日本でも『保護しよう』っていう団体もいれば、『漁が大事だ』っていう人もいる。その真ん中の人が多分いないんで、私のポジションはその辺りかな」

それが沼口さん独自の視点になる。

沼口「ただちょっと理解はされにくいですね」

自分が体験したことを大事にしていますよね。僕も研究者じゃないので正解が欲しいわけじゃない。自分の目でみて、自分が体験して、自分で感じたいんですよね。それが仮に間違ってたとしても構わない。

沼口「そうですね。論文はその研究者が目の当たりにした一例を科学的に検証したもの。それがすべてというわけではありません。だから全然違う体験を私が書いたとしても、意味があると信じているって感じでしょうか」

カレーと鮫。どちらが人気かを比較することはできないが、カレーのほうが多くの人にとってなじみ深い存在だ。鮫という限定的かつマニアックな世界にいながらも刺激や喜び、意味を見出して活動を続ける沼口さんはたくましい。

自分の居場所を冷静に捉えて分析し、独自の視点や感性で外の世界にいる人たちとのつながりを生み出すのは簡単ではないだろう。学者でも漁師でも一般人でもない“シャークジャーナリスト”という彼女の立場は非常にユニークだ。カレーにおける“誰もいない場所”をこれからも僕は探し続けたいと思った。


Profile
Writer
水野 仁輔 Jinsuke Mizuno

1974年静岡県生まれ。AIR SPICE代表。1999年以来、カレー専門の出張料理人として全国各地で活動。『カレーの教科書』『わたしだけのおいしいカレーを作るために』などカレーに関する著書は50冊以上。「カレーの学校」で講師を務めている。現在、本格カレーのレシピつきスパイスセットを定期頒布するサービス「AIR SPICE」を運営中。
http://www.airspice.jp/

Photographer
大竹 ひかる Hikaru Otake

amana フォトグラファー。人やもののストーリーを考察し写真を撮る。
http://amana-photographers.jp/detail/hikaru_otake

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