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精霊の頂、マナスル山行記④

精霊の頂、
マナスル山行記④

 
写真・文/上田 優紀

ヒマラヤの高峰をメインのフィールドに活動している、フォトグラファーの上田優紀さんによるマナスルの山行記です(全5回)。第4回では、再びベースキャンプからキャンプ2へ。いよいよ、マナスルのサミット(山頂)に挑むスケジュールが決まります。

Story 3 Camp 1 – Camp 2 – Camp 3 – Base Camp からのつづき)


Story 4 Base Camp – Camp 2

ベースキャンプまで戻った夜から降りはじめた雪は次の日も降り続け、数時間に1回はテントに積もった雪を下ろさないと押し潰されてしまいそうになる。外を覗くと、雪でほとんどなにも見えない。それからもさらに悪天候は続き、テントの中で天気予報を眺める日が続いた。

いつサミットプッシュするのか、そして、そこから出発日を逆算していく。過去のデータを見ると、9月中旬に降るこの大雪が終わってから風が強くなる10月に入るまでの約1週間、好天が続き、風も落ち着くはずだった。だが、この年は少し様子が違った。雪が止まない。そして、風が強くなる日程がいつもより早かった。他の登山隊もいつ出発するのかを決め切れないまま、タイムリミットは近づいていく。

待機すること5日、まだ雪は降っていたが、天気図を見ると9月28日の夜から午前中にかけて雪も風も少し弱くなりそうだった。次の日からは再び天気が崩れる。ここを逃したらこのシーズンは恐らくもう登頂のチャンスはないだろう。僕は28日を登頂日に決め、24日の朝にベースキャンプを出発することにした。


9月22日午前5時、目が覚めるとほのかに外が明るい。テントから出ると今まさに太陽が昇ろうとしているところだった。空に雲はなく、マナスルに少しずつ朝日が当たっていく。ろうそくの火のように山頂をオレンジ色に照らす光はゆっくりとマナスルの裾まで黄金に染めていった。ベースキャンプに来て3週間、はじめて目にした光のショーは息をのむほど美しいものだった。

この日、朝食を食べながらいつもように天気予報を見ていると驚くことに予報が変わり、登頂予定の28日は激しい降雪が予測され、風も強くなりそうだった。当初の予定をあまり変更したくはなかったが、急遽27日に登頂日を前倒しして、23日にベースキャンプを出発することに決めた。


9月23日、バタバタと準備をしてベースキャンプを出発。撮影機材を含めると背負う荷物の重量は15キロを軽く超えている。1週間ぶりに背負うバックパックがとてつもなく重く感じた。果たして順応は上手くいっているのだろうか。雪が降り、ほとんどホワイトアウトしたクレバスだらけの氷河は今の天気と同じように先が見えず、どんよりとした重い不安を抱えながらまだ遥か遠くにある頂を目指して歩きはじめた。

思いのほか、高度順応は上手くいっていた。相変わらず荷物は重く、標高が上がるにつれて徐々に息も苦しくなってくるが、心は前を向き、前回よりも早いペースで登っていける。標高6,000mを超え、酸素が地上の半分もなくなると次第に足が止まる時間も長くなっていったが、喘(あえ)ぎながらも、ただ真っ直ぐに目の前の壁を越えていく。それは、自分の限界に挑戦しているような、とても充実した時間だった。


午前2時、もう何度目だろうか、また目が覚めた。標高6,200m、キャンプ2。ここまで上がってくると食事だけでなく、睡眠さえ普通にできなくなる。人間は寝る時、自然と呼吸が浅くなる。この標高ではたったそれだけで酸欠になり、生命を維持するために体は強制的に目を覚ます。

寝袋に包まって、酸素を体全身に行き渡らせようと深呼吸をしているとテントの外が明るいことに気が付いた。外に出ると、月光が煌々と輝き、マナスルを照らしている。それは影ができるほど明るい夜だった。

静寂に包まれ、たったひとりで神々の山と向かい合い、悠久の時間に想いを馳せる。今、僕が見ている風景は何万年、いや何億年と変わらない世界なのだろう。この山も、月も、風も、遠くから聞こえてくる雪崩の音も、遥か太古の時代からここにあり続けてきた世界が目の前に広がっている。まるでタイムスリップでもしたかのような不思議な感覚に、時間も忘れていつまでもたたずんでいた。


Story 5 Camp 3 – Camp 4 – Summit へつづく)


Profile
Photographer / Writer
上田 優紀 Yuki Ueda

1988年和歌山県出身。写真家。京都外国語大学卒業。大学卒業後、世界一周の旅へ出発。45カ国を周る旅から帰国した後、株式会社アマナに入社。2016年よりフリーランスとなり世界中の極地、僻地を旅しながら撮影を行っている。現在は主にヒマラヤの高峰をフィールドに活動しており、201810月にアマ・ダブラム(標高6,856m)、20199月にマナスル(標高8,163m)登頂。2020年春にはエベレスト登頂を目指す。2017CANON SHINES受賞。2018年キヤノンギャラリー銀座、名古屋、大阪にて個展開催。
https://yukiueda.jp/

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