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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
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どこにいった? 水田の生きものたち

どこにいった?
水田の生きものたち

ゼロから学ぶ、SDGsのこと⑥

文/中作 明彦

©︎KAZUYOSHI SASO/SEBUN PHOTO/amanaimages

地球上にいると考えられている生物は、およそ3,000万種。しかし今、1日に100種の生物が絶滅しているとも言われています。私たちの身近なところでも、さまざまな生きものたちが人知れず姿を消しているのです。その1つの場となっているのが「水田」。私たちの食生活にも身近な水田を例に、人と自然と、そして生きものたちのことを考えてみる機会になればと思います。

生物多様性の大切さ

毎年5月22日は、国連の定める国際生物多様性の日*です。また、国際社会の共通目標として掲げられているSDGsの目標15は「陸の豊かさも守ろう」ですが、ここにも、生物多様性*という言葉が何度も登場します*

生きものたちの多様性が今、世界中で急速に失われており、その変化が私たちにも大きな影響を与えようとしています。

*1 国際生物多様性の日

国際生物多様性の日は、生物多様性に関する意識を高めることを目的に、国際連合が制定した記念日。1992年5月22日、生物多様性を守るための国際条約である「生物多様性条約」が採択されたことに由来する。

*2 生物多様性

地球上に存在する生物たちの豊かさや繋がりのことで、「生態系の多様性」「種の多様性」「遺伝子の多様性」の3つのレベルで捉えられる。地球上には森林や河川、海洋など、さまざまな生態系が存在し(生態系の多様性)、そこにさまざまな生物たちが繋がり合って生きており(種の多様性)、異種の生物はもちろん、同種の生物であっても個々にさまざまな遺伝子を持っている(遺伝子の多様性)。

*3 生物多様性に触れた「SDGs 目標15」の各ターゲット

ターゲット 15.4
「2030年までに持続可能な開発に不可欠な便益をもたらす山地生態系の能力を強化するため、生物多様性を含む山地生態系の保全を確実に行う。」
ターゲット 15.5
「自然生息地の劣化を抑制し、生物多様性の損失を阻止し、2020年までに絶滅危惧種を保護し、また絶滅防止するための緊急かつ意味のある対策を講じる。」
ターゲット 15.9
「2020年までに、生態系と生物多様性の価値を、国や地方の計画策定、開発プロセス及び貧困削減のための戦略及び会計に組み込む。」
ターゲット 15.a
「生物多様性と生態系の保全と持続的な利用のために、あらゆる資金源からの資金の動員及び大幅な増額を行う。」


人の手が加わった豊かな自然

なかでも、水田の生きものたちは今、大きな危機に瀕しています。

自然の景色、と言われたとき、水田が広がり、人家があり、山々がある、そんな風景を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。いわゆる里山や里地とよばれる場所ですね。

これらは原生の自然ではなく、人の関わりがあってつくられたものです。
このような自然を「二次的自然」と言います。

「手つかずの自然」という表現をよく聞きます。人の手が触れない原生の自然は、生きものたちにとって何よりも素晴らしい環境と思えます。
そんな手つかずの自然と比べると、人の手が加わった二次的自然はどうしても劣ったものにみえるかもしれません。しかし、そんなことはないのです。

水田のオタマジャクシ。カエルの幼生であるオタマジャクシは水田で非常によく見かける生物。幼生であるオタマジャクシは水中の豊富なプランクトンを食べ、成体は水田にやってくる虫などを食べる ©AID /amanaimages

水田のオタマジャクシ。カエルの幼生であるオタマジャクシは水田で非常によく見かける生物。幼生であるオタマジャクシは水中の豊富なプランクトンを食べ、成体は水田にやってくる虫などを食べる
©AID /amanaimages

水田はまさに、二次的自然です。
意外かもしれませんが、人が自然に手を加えることで、多くの生きものたちにとってよりよい環境がつくられています。


水田の生きものたち

春になり、やがて「代(しろ)かき*4」が終わって田んぼに水が張られると、水田にさまざまな生きものたちがやってきます。
メダカやカエル、ドジョウ、ゲンゴロウ、タガメ、トンボ(ヤゴ)、タニシなど、実に多くの生物たちが、水田やその周辺の水路などを生息場所にしています。

水田は、水の流れがほとんどありません。また、水田は日あたりがよく、水深も浅いため、水温が高くなります。流れがなく、あたたかい水田特有の環境は、多くの生きものたちにとって、とても魅力的なものです。

水田のメダカ。メダカは水田につながる水路などを通ってやってくる。小さくて泳ぐ力の弱いメダカにとって、水の流れがない水田は快適な生活場所であり、餌となるプランクトンも豊富。また、卵が流される心配もないため、水田は産卵場所としても適している。水温が高いので卵の成長も早く、孵化(ふか)までの日数も短くなる。できるだけ早く孵化した方が、外敵に卵を食べられる心配も少ない ©nakagawa yuzo/Nature Production /amanaimages

水田のメダカ。メダカは水田につながる水路などを通ってやってくる。小さくて泳ぐ力の弱いメダカにとって、水の流れがない水田は快適な生活場所であり、餌となるプランクトンも豊富。また、卵が流される心配もないため、水田は産卵場所としても適している。水温が高いので卵の成長も早く、孵化(ふか)までの日数も短くなる。できるだけ早く孵化した方が、外敵に卵を食べられる心配も少ない
©nakagawa yuzo/Nature Production /amanaimages

アキアカネのヤゴ。水田で水底を這うように生活し、ミジンコ、ボウフラなどの小さな水生生物やオタマジャクシなどを食べる。成虫になるまでおよそ3カ月を要する。成虫になったアキアカネは標高が高く涼しい山や高原で夏を過ごし、秋になると再び平地に降りてきて産卵する。卵の状態で冬を越し、春に水田に水が張られると卵が孵(かえ)る ©fujimaru atsuo/Nature Production /amanaimages

アキアカネのヤゴ。水田で水底を這うように生活し、ミジンコ、ボウフラなどの小さな水生生物やオタマジャクシなどを食べる。成虫になるまでおよそ3カ月を要する。成虫になったアキアカネは標高が高く涼しい山や高原で夏を過ごし、秋になると再び平地に降りてきて産卵する。卵の状態で冬を越し、春に水田に水が張られると卵が孵(かえ)る
©fujimaru atsuo/Nature Production /amanaimages

ヒメタニシ。ヒメタニシやマルタニシは日本の水田でよく見られるタニシの一種。水底の泥の上を這(は)って藻や有機物などを食べる。冬期は泥の中で越冬する ©uchiyama ryu/Nature Production /amanaimages

ヒメタニシ。ヒメタニシやマルタニシは日本の水田でよく見られるタニシの一種。水底の泥の上を這(は)って藻や有機物などを食べる。冬期は泥の中で越冬する
©uchiyama ryu/Nature Production /amanaimages

*4 代(しろ)かき

田起こし(耕起)をして乾燥させた水田の土を、水を張る前に細かくし、かき混ぜて表面を平らに整える作業。水田の水漏れを防いだり、有害なガスを抜いたりする効果が得られる。機械化前は牛や馬が馬鍬(まぐわ)を引き、現在はトラクターにロータリー(回転爪)を装着して行うことが多い。


失われる水田の生物

かつてはあたり前のようにその姿を目にすることができた水田の生きものたちも、今はめったに見かけることがなくなりました。

メダカやタガメ、ゲンゴロウは絶滅危惧種に指定されています。また、ドジョウも準絶滅危惧種です。

タガメ。タガメは日本最大の水生昆虫で、体長6cmにもなる。タガメも、水の流れが弱く植物の多い場所を好むため、水田は魅力的な場所といえる。メダカやカエル(幼生および成体)、ドジョウ、ヤゴなどを食べる ©MANABU/nature pro. /amanaimages

タガメ。タガメは日本最大の水生昆虫で、体長6cmにもなる。タガメも、水の流れが弱く植物の多い場所を好むため、水田は魅力的な場所といえる。メダカやカエル(幼生および成体)、ドジョウ、ヤゴなどを食べる
©MANABU/nature pro. /amanaimages

ゲンゴロウ。水かきのような後肢をもち、泳ぎが得意な水生昆虫。水路や水田などに生息する。幼虫はヤゴなどの水生昆虫を活発に捕食し、成虫は弱ってあまり動かなくなった魚や昆虫などを主に食べる ©iimura shigeki/NATURE PRO. /amanaimages

ゲンゴロウ。水かきのような後肢をもち、泳ぎが得意な水生昆虫。水路や水田などに生息する。幼虫はヤゴなどの水生昆虫を活発に捕食し、成虫は弱ってあまり動かなくなった魚や昆虫などを主に食べる
©iimura shigeki/NATURE PRO. /amanaimages

マドジョウ。日本には、マドジョウ、シマドジョウ、ホトケドジョウなど、さまざまなドジョウの仲間が生息している。水田でよく見かけるのはマドジョウで、水路などを通って水田に入ってくる。おもに底生の藻類を食べるほか、小さな水生昆虫やミジンコ、イトミミズなどを餌とする。水田は餌場や産卵場所となる。落ち葉の下や泥の中にもぐって越冬する ©uchiyama ryu/Nature Production /amanaimages

マドジョウ。日本には、マドジョウ、シマドジョウ、ホトケドジョウなど、さまざまなドジョウの仲間が生息している。水田でよく見かけるのはマドジョウで、水路などを通って水田に入ってくる。おもに底生の藻類を食べるほか、小さな水生昆虫やミジンコ、イトミミズなどを餌とする。水田は餌場や産卵場所となる。落ち葉の下や泥の中にもぐって越冬する
©uchiyama ryu/Nature Production /amanaimages


どうして多くの生きものたちが姿を消してしまったのでしょうか。
それにはさまざまな理由があります。

たとえば、耕作が行われなくなった耕作放棄地(放棄田)の増加があります。高齢化や後継者問題で、耕作放棄地は年々増加している状況です。
水が引かれなくなった水田を「乾田(かんでん)」と言いますが、放棄されて乾田化すると、水田に暮らす生物たちは生活場所を失い、姿を消してしまいます。

耕作放棄地(放棄田)の様子 ©seki shintaro/nature pro. /amanaimages

耕作放棄地(放棄田)の様子
©seki shintaro/nature pro. /amanaimages

また、もう1つ大きな原因となっているのが「圃場(ほじょう)整備」です。
これは、水田につながる水路などを整備し、水田の生産性を高めるために行われてきました。
圃場整備によって水路がコンクリートで囲われたり、またその水路が水田と分断されたりしたことで、生きものたちは水田に入ることができなくなってしまったのです。

このまま、水田の生きものたちは消えていってしまうのでしょうか?


水田の生態系を取り戻すために

実は今、人の関わりが水田の生きものたちにとって欠かせないことが次第に知られるようになり、豊かな水田の生物多様性を復活させる行動が起こっています。

放棄田に水を引き込んでビオトープ*5 として再生し、メダカをはじめとする水生生物を復活させたり、圃場整備で分断された水田と水路を人工的に繋げたりする取り組みが各地で行われているのです。

*5 ビオトープ(独:Biotop)

ギリシャ語の生命(bio)と場所(topos)を掛け合わせたドイツ発祥の概念。有機的に結びついた生物群衆(ある一定区域に生息する生物種の個体群)の生息環境を指す。生物生息空間、生物空間。

 
たとえば、兵庫県北部(但馬地域)の豊岡市では、コウノトリの復活のために休耕田や放棄田を活用したビオトープがつくられ、水田の生物多様性を取り戻しました。
コウノトリは1日に500gの餌を必要とすると言われており、コウノトリのような上位の捕食者たちにとっても、水田の豊かな生物多様性は必要不可欠なのです。

兵庫・豊岡市の水田ビオトープ。豊岡市では、一度は絶滅した野生コウノトリを復活させるための取り組みが行われている。コウノトリは魚やカエル、水生昆虫などを餌としており、水田は絶好の餌場となる ©MASAAKI TANAKA/SEBUN PHOTO /amanaimages

兵庫・豊岡市の水田ビオトープ。豊岡市では、一度は絶滅した野生コウノトリを復活させるための取り組みが行われている。コウノトリは魚やカエル、水生昆虫などを餌としており、水田は絶好の餌場となる
©MASAAKI TANAKA/SEBUN PHOTO /amanaimages

水田は人の手が加わってつくられた自然です。
しかしながら、人が自然と適切に関わることで、たくさんの生物たちが守られ、豊かな生物多様性が築かれているのです。

ニホンアカガエルのオタマジャクシ。水田にはいろいろな種類のカエルが生息している。水田への依存度が高いのはアカガエル、ツチガエル、トノサマガエルなど。オタマジャクシは水田に生きるたくさんの生物たちの餌となる ©matsuzawa yoji/Nature Production /amanaimages

ニホンアカガエルのオタマジャクシ。水田にはいろいろな種類のカエルが生息している。水田への依存度が高いのはアカガエル、ツチガエル、トノサマガエルなど。オタマジャクシは水田に生きるたくさんの生物たちの餌となる
©matsuzawa yoji/Nature Production /amanaimages


地球上には極地から熱帯、砂漠から森林、陸域に水域など、さまざまな環境が存在します。
そんなあらゆる環境に適応して生物たちは進化し、多様性を広げてきました。

生物たちはそれぞれの場所で「食べる」「食べられる」といった関係や、「寄生」や「共生」といったかたちで、直接・間接に繋がり合って生きており、複雑な生態系がつくられています。

この生態系は、とても繊細で、些細なことで壊れかねないものです。
そして、いったん損なわれてしまうと、回復は不可能か、非常に困難なものとなります。

水田を歩くサギの仲間。水田に生息するさまざまな生物たちを求めて、サギやヘビなどの捕食者も姿を見せる。水田という場所で、数多くの生きものたちが「食べる」「食べられる」という関係で繋がっている。このような生物どうしの繋がりを「食物網(食物連鎖)」と呼ぶ ©imageeye/a.collectionRF /amanaimages

水田を歩くサギの仲間。水田に生息するさまざまな生物たちを求めて、サギやヘビなどの捕食者も姿を見せる。水田という場所で、数多くの生きものたちが「食べる」「食べられる」という関係で繋がっている。このような生物どうしの繋がりを「食物網(食物連鎖)」と呼ぶ
©imageeye/a.collectionRF /amanaimages

都市に生活していると忘れがちですが、地球で暮らす私たちもまた、多様な生態系とそこに暮らす生物たちの繋がりのもとに生かされています。
食べるものも、きれいな空気や水も、生きものの多様性があるからこそ得られるものです。

「生物多様性を守る」ということは、地球に生きるすべての生きものたちを守るのと同時に、「お互いがもたらしている恩恵を守る」ということなんですね。

©TOSHITAKA MORITA/SEBUN PHOTO /amanaimages

©TOSHITAKA MORITA/SEBUN PHOTO /amanaimages


参考文献・サイト
『メダカが消える日 自然の再生をめざして』小澤祥司 著(岩波書店)
『メダカはどのように危機を乗りこえるか 田んぼに魚を登らせる』端 憲二 著(農山漁村文化協会)
『農は過去と未来をつなぐ ―田んぼから考えたこと―』宇根 豊 著(岩波ジュニア新書)
農林水産省
環境省 自然環境局 生物多様性センター
クボタのたんぼ

豊岡市公式ウェブサイト

Profile
Writer
中作 明彦 Akihiko Nakasaku

サイエンスライター。中学校・高等学校の理科教員として10年間勤務したのち、世界に散らばる不思議やワクワクを科学の目で伝えるべくライターへ。「小さなころ、水田は格好の遊び場でした。お世話になったたくさんの生きものたちにまた会えるように、自分もできることからやっていこうと思います」
Twitter: @yuruyuruscience

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