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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
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連載

宇宙構想会議 2050②前編

宇宙構想会議 2050 ②

ALE 岡島礼奈と描く青写真
 
ゲスト
小野 雅裕さん(前編)

構成・文/久保田 和子
写真/川合 穂波(amana)

将来、人類の活動が他の惑星や深宇宙へと及ぶ時代、必要になる哲学やテクノロジーとは。「科学を社会につなぎ 宇宙を文化圏にする」というミッションを掲げるALE(エール)代表の岡島礼奈さんが、各分野の識者に尋ねて未来の青写真を描くシリーズです。第2回はNASA JPL(ジェット推進研究所)で火星探査ローバー「マーズ2020」の開発に携わる小野雅裕さんを迎えました。

ALE、人工衛星2号機打ち上げ

岡島 ようこそ「ALE」ヘ。ここには昨年10月に引っ越したばかりなんですよ。

小野 岡島さんと会うのは、先日、僕が働いている「NASA JPL」*1 に来ていただいて以来ですね。

小野 雅裕(おの・まさひろ)/1982年大阪生まれ、東京育ち。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業、同年9月マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学。2012年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012年4月から1年間、慶応義塾大学理工学部の助教として学生を指導するかたわら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究した。2013年5月よりアメリカ航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2020年夏に打ち上げ予定のNASA火星探査計画「マーズ2020ローバー」の自動運転ソフトウェアの開発に携わるほか、将来の探査機の自律化に向けた研究を行う。著書に『宇宙を目指して海を渡る』など https://www.jpl.nasa.gov/ https://hiroono.com/ja/

小野 雅裕(おの・まさひろ)/1982年大阪生まれ、東京育ち。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業、同年9月マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学。2012年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012年4月から1年間、慶応義塾大学理工学部の助教として学生を指導するかたわら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究した。2013年5月よりアメリカ航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2020年夏に打ち上げ予定のNASA火星探査計画「マーズ2020ローバー」の自動運転ソフトウェアの開発に携わるほか、将来の探査機の自律化に向けた研究を行う。著書に『宇宙を目指して海を渡る』など
https://www.jpl.nasa.gov/
https://hiroono.com/ja/

岡島 せっかくの機会なので、オフィスの中をご案内しますね。

小野 これはALE 2号機の模型ですか?

岡島 そうです、実物大です。この中に流れ星を放出する装置が入っています。

ALEの人工衛星2号機「ALE-2」の模型を前に。対談は一時帰国した小野さんをALEの新オフィス(東京・大門)に迎えて収録

ALEの人工衛星2号機「ALE-2」の模型を前に。対談は一時帰国した小野さんをALEの新オフィス(東京・大門)に迎えて収録

小野 これは何ですか?

岡島 スタートラッカー*2 です。このサイズの衛星でスタートラッカーが3つ付くことは珍しいんですよ。JAXAの安全基準をクリアするため、念には念を、と3つ付けることになりました。

小野 「安全基準」とはどういったものでしょう?

岡島 ロケットに乗せるときの安全審査の条件です。私たちの場合はミッション自体が特殊なので、ミッションの成功確率を上げること、それに加えて危害が出ないようにしないといけないので、より射出速度と角度を精確にするためスタートラッカーを3つにしたんですね。

*1 NASA JPL(Jet Propulsion Laboratory))

無人探査機などの研究開発および運用に携わるNASAの研究所。パイオニアやボイジャー、カッシーニなどの惑星探査機もこの研究所で開発された。所在地は米カリフォルニア州パサデナ。

*2 スタートラッカー

カメラやコンピューターを内蔵する姿勢制御装置。打ち上げ後に周囲を撮影した画像から星を抽出して星座標と照らし合わせ、衛星が向いている方向や位置のずれを高い精度で計算する。


ALE-2は2019年12月6日、ロケット打ち上げサービスのプロバイダーであるSpaceflightとの契約によって調達したRocket Lab社の「エレクトロンロケット」に搭載され、高度400km付近の軌道投入に成功。数カ月にわたる運用試験後、2020年内に世界初となる人工流れ星の実現を目指す。時期と場所は未定(2020年2月中旬現在)

ALE-2は2019年12月6日、ロケット打ち上げサービスのプロバイダーであるSpaceflightとの契約によって調達したRocket Lab社の「エレクトロンロケット」に搭載され、高度400km付近の軌道投入に成功。数カ月にわたる運用試験後、2020年内に世界初となる人工流れ星の実現を目指す。時期と場所は未定(2020年2月中旬現在)

小野 2号機のミッションは順調ですか?

岡島 はい。流れ星の粒はまだ出していませんが、その前の段階のチェックを全部やっているところです。1号機がまだ400キロの軌道まで行っていないので、徐々に降りている途中です。

ALE2号機には、1号機に搭載されているホワイト、グリーン、ピンク、オレンジの4色に、新たにブルーを加えた5色の流星源(人工流れ星の素)が400粒搭載された

ALE2号機には、1号機に搭載されているホワイト、グリーン、ピンク、オレンジの4色に、新たにブルーを加えた5色の流星源(人工流れ星の素)が400粒搭載された

岡島 1号機は “相乗り” だったので、いったん地上から高度約500kmのところに打ち上げられたんです。2号機はALEがロケットのメインカスタマーだったため、高度を指定できました。もう400キロのところにいるので、チェックが終われば、すぐに流れ星の粒をリリースできる状態です。

小野 2号機が1号機を追い越したんですね。僕の愛してやまない「ボイジャー」*3 たちみたいです。

岡島 小野さんの本にもボイジャーのお話がありましたよね。実は、『宇宙に命はあるのか』をALE新入社員の課題図書にしているんです。

小野 課題図書ですか!

岡島 ALEのミッションが「科学を社会につなぎ 宇宙を文化圏にする」ですから。小野さんの考えている「宇宙になぜ行くのか」という理由や目指している方向が、私たちが宇宙を目指す理由にとても似ていると感じて選びました。

小野 ありがとうございます。

『宇宙に命はあるのか 人類が旅した一千億分の八』(SB新書)。銀河系にあると考えられる約1,000億の惑星のうち、人類が歩いた惑星は、現在のところ地球ただ一つ。無人探査機が近くを通り過ぎた惑星を含めても8つに過ぎない、という意味の副題。小野さんが監修協力をする漫画『宇宙兄弟』の作者、小山宙哉氏が表紙の絵を手がけた

宇宙に命はあるのか 人類が旅した一千億分の八』(SB新書)。銀河系にあると考えられる約1,000億の惑星のうち、人類が歩いた惑星は、現在のところ地球ただ一つ。無人探査機が近くを通り過ぎた惑星を含めても8つに過ぎない、という意味の副題。小野さんが監修協力をする漫画『宇宙兄弟』の作者、小山宙哉氏が表紙の絵を手がけた

*3 ボイジャー計画

無人惑星探査機ボイジャー1号と2号を用いた、NASAによる太陽系の外惑星および太陽系外の探査計画。ボイジャー2号は1977年8月20日、ボイジャー1号は天候不良のため16日後の1977年9月5日に打ち上げられた。地球外知的生命体に向けたメッセージを刻む金属板「ゴールデンレコード」を搭載することで有名。現在は太陽圏外に出た両機は、地球から最も遠くにある人工物体。


かつての湖で探る生命の痕跡

岡島 あらためて小野さんが火星探査機のエンジニアとして取り組んでいるプロジェクトについて伺えますか?

小野 僕が携わっている「マーズ2020ローバー」という火星探査機には、大きく2つのミッションがあります。まず1つ目が「どうやって太陽系ができて、こういう状態になったのか」という調査です。

アーティストが描いたNASA「マーズ2020ローバー」のコンセプトCG ©︎NASA/JPL-Caltech

アーティストが描いたNASA「マーズ2020ローバー」のコンセプトCG
©︎NASA/JPL-Caltech

小野 もう1つが「我々以外に生命はいるのか」についてです。「生命は必然か、偶然か」。これが1つの大きな未解決問題です。環境さえ整えば生まれてくるものなのか。それとも、ものすごい偶然でできたものなのか。それを調べるために、火星はとても面白い星なんですよ。

岡島 なるほど。

小野 マーズ2020ローバーが着陸するのは、「ジェゼロ・クレーター」という場所です。ここには、もともと湖があったんです。

岡島 へぇ!

ジェゼロ・クレーター。色の違いは高低差を示している。かつて川が流れ込んでいた様子がわかる。黒い丸で囲まれた部分が、古代に湖岸だったと推測される地点 ©NASA/JPL-Caltech/MSSS/JHU-APL/ESA

ジェゼロ・クレーター。色の違いは高低差を示している。かつて川が流れ込んでいた様子がわかる。黒い丸で囲まれた部分が、古代に湖岸だったと推測される地点
©NASA/JPL-Caltech/MSSS/JHU-APL/ESA

小野 ここに湖があったことは確かですが、ただ、その湖が「どのくらいの時間、火星に存在していたか?」がポイントになります。その場所に行って生命の痕跡を探るのが、このローバーのもう1つの任務です。そして、さらに、サンプルを持って帰って来たいですよね。

岡島 サンプルリターンですね。

小野 ええ。これまで、火星からのサンプルリターン構想は、何度も持ち上がっては予算不足で叶わなかったんですが、ついにNASAはその一歩を踏み出しました。


太古の昔、湖岸だったと思われる場所でマーズ2020ローバーは活動する(コンセプトCG) ©NASA/JPL-Caltech

太古の昔、湖岸だったと思われる場所でマーズ2020ローバーは活動する(コンセプトCG)
©NASA/JPL-Caltech

小野 サンプルリターンと言えば、日本の「はやぶさ」を思い出す人も多いでしょうが、NASAでも「Hayabusa」の名前はとても有名で、はやぶさの功績はどんなに強調しても、しすぎることはないですね。

岡島 そうなんですね。

小野 まもなく、今年の7月にマーズ2020ローバーは火星に向けて打ち上げられ、着陸は来年の2月くらいになります(NASAは2021年2月18日と正式発表)。そして、ジェゼロ・クレーターで生命が存在したと考えられる場所まで走り、岩を掘ったりして探索。サンプルを40個ほど採取します。それを試験管に詰めたら、いったん火星に置いて行きます。

岡島 置いて行くんですか?

小野 誰にも取られる心配はないですからね。

岡島 取られたら、面白いですけどね!

小野 そうですよ、何者かがいることになりますから(笑)。そして別のローバーがその試験管を回収しに行ってくれます。

岡島 次のローバーは、いつ打ち上げられるんですか?

小野 まだ正式に決まっていませんが、2026年くらいにはなると思います。

NASA JPLによるジェゼロ・クレーターの解説動画(英語)。火星の地形や「マーズ2020ローバー」の予定走行ルートがわかる
Mars 2020 Landing Site: Jezero Crater Flyover
©NASA/JPL-Caltech


文明が技術で自滅しないために

岡島 計画の完了までに、とても時間がかかりますね。そこまでの膨大な時間では、構想段階で止まってしまったり、叶わなかったりすることも多くあると思います。そんな困難があるなか、小野さんを突き動かしてきた原動力は何でしょうか?

小野 実を言うと、留学中に「宇宙」を志すことを諦めてしまいそうになったこともありました。世界中に目を向ければ、宇宙の微生物一つを探すお金で、何万人の貧困を救えるのではという声も耳に入りました。でも、サイエンスを追求しながらそうした問題を解決できないのかと言ったら、そうじゃない。むしろ、その逆だろうと思います。

岡島 その考えは、とてもよく分かります。

小野 そうやって迷っている時期に、山崎直子*4 さんが乗るスペースシャトルの打ち上げを見に行ったんです。そのとき、心から感動したんですね。「自分は泣くほど、宇宙が好きなのか」と、あらためて気づいたんです。そして「自分が生まれた世界のことを知りたい」と心から思ったことが、今でも原動力になっている気がします。

*4 山崎直子

1970年千葉県生まれ。宇宙飛行士。1996年東京大学大学院修士課程修了(航空宇宙工学)後、宇宙開発事業団(現JAXA)に就職。2001年日本人女性2人目の宇宙飛行士に認定される。2004年ソユーズ宇宙船のフライトエンジニアの資格を取得、06年NASAよりスペースシャトルの搭乗運用技術者(ミッションスペシャリスト)の資格を得る。2010年4月、スペースシャトル・ディスカバリー号に搭乗し、ISS組み立てミッションに従事した。2011年JAXA退職、現在はフリーランスとして活動する。2012年より内閣府の宇宙政策委員会委員、2014年より女子美術大学客員教授も務める。

岡島 素敵なお話です。

小野 一人の人間が人生を歩むときに、物質的に豊かな生活をしていれば、それで人生は満足かと言えば、そうじゃないんじゃないか、と思う。生きて行くためには、やっぱり「生きがい」を求めると思うんです。なんで生きがいを求めるかと言えば、いつか死ぬからなんですね。人間だけじゃなくて、文明にも必ず滅びるときが来る。

小野 それを突き詰めて行くと、「文明の生きがい」って何だろうと考えました。そこに「サイエンス」があったんです。

岡島 なるほど。

小野 そうやって追求したサイエンスの情報は、ひょっとして地球外生命体からコンタクトがあった瞬間、いずれ塗り変えられてしまうのかもしれない。それでも「自分が生まれた世界のことが知りたい」「自分がどうやって、なぜ生まれたのかを知ろう」と決めました。

岡島 人間の一個体と、文明の一個体を照らし合わせる面白い視点です。人類はいったん文明を手にしてしまったので、もう前にしか進めないと思うんですよ。思い切って前に進めば、これまでの課題が一気に片付いたりすることもあるのがサイエンスではないか。私はそう信じるんです。


小野 岡島さんこそ、サイエンスを志した原動力は何なんですか?

岡島 日本もアメリカでも、最近は「科学」を軽視する人が多いと感じます。サイエンス、特に「基礎科学」を軽視した途端、つまらない世の中にしかならないんじゃないかと思ってしまうんです。

ALEオフィス内に設けられているクリーンルーム
ALEオフィス内に設けられているクリーンルーム

ALEオフィス内に設けられているクリーンルーム

岡島 相対性理論からGPSが生まれ、素粒子論から半導体が導き出されたように、基礎科学には私たちの暮らしに恩恵をもたらす大きな力が秘められています。基礎科学というのは、工学によってもたらされる「速くなる」とか「小さくなる」といった変化と比べて、これまでの生活をガラッと変えてしまうと思っています。

小野 それは間違いありません。気候変動問題でも、まさに基礎科学の出番です。地球温暖化が現在のペースで進行すれば、2100年の地球の平均気温は、約4℃上昇すると言われています。4℃の上昇は、大規模な種の絶滅、食糧危機を引き起こします。

小野 文明を手に入れた私たちは、生きているだけでエネルギーを使っていますが、使ったエネルギーは必ず熱となって排出されます。だから、太陽光などの自然エネルギーへの転換は一時的な解決策でしかなく、エネルギー消費の増大を止めない限り、人類の文明は長期的に必ず行き詰まるはずです。 

岡島 その通りです。

小野 このような、自分たちでは使いこなせないオーバーテクノロジーを手に入れた結果として文明が自滅してしまわないようにも、基礎科学の発展に期待したいですよね。

岡島 さらに基礎科学の本質的なところを考えると、まず「人間の好奇心」といった本能的なものがあると思っています。私たちが打ち上げる流れ星は、あえて「人工物」であっていいと思っているんですよ。

岡島 その「人工物」として流れ星を見て、「あっ、流れ星ってこんなに美しいんだ! それなら、自然のものってどうなっているんだろう?」と天然の流れ星に想いをはせて、科学を身近に感じてもらいたい。

小野 例えば「今日この場所に来る」と分かっているはずのISS(国際宇宙ステーション)を地上から見るだけでも、幸せな気持ちになりますからね。

岡島 そして、その中から基礎科学を研究してくれたり、啓蒙してくれたりする人が増えたらいいなと思っています。

>>宇宙構想会議 ②(後編)に続く



Profile
Interviewer
岡島 礼奈 Lena Okajima

1979年鳥取県生まれ。株式会社ALE 代表取締役社長/CEO。東京大学院理学系研究科天文学専攻、理学博士(天文学)。卒業後、ゴールドマン・サックス証券戦略投資部で債券投資事業、PE業務などに従事。2009年より新興国ビジネスコンサルティング会社を設立、取締役。2011年9月に株式会社ALE設立。世界初となる「人工流れ星」プロジェクトに挑戦している。
http://star-ale.com

Writer
久保田 和子 Kazuko Kubota

バリスタ。フリーライター。「地球を眺めながらコーヒーが飲める場所にカフェを作りたい」その夢を実現するために、STARBUCKS RESERVE ROASTERY TOKYOでバリスタをしている。本サイトで「バリスタの徒然草」を連載中。「小野さんは『革命は出会いから生まれる』と著書に書いた。彼のように夢を語り、それを描く力のある技術者と、岡島さんのように初心を守り、宇宙と社会を繋げていきたいと願う経営者の出会い。誰にも流れ星に願いたくなるような夢を抱かせ、想像できなかったような革命が起きるカウントダウンが始まったのかもしれない」
http://bykubotakazuko.com

Photographer
川合 穂波 Honami Kawai

amana所属。広告写真家と並行して作家活動を行う。「過去に想像されていた未来と現在、またこの先の未来について、お子さんのいらっしゃるお二人のお話を聞いていて、自分の過去・現在・未来にも思いをはせました。先の見えない不安もありますが、自分のやっていることが、誰かの未来をちょっとでも良くしたら嬉しいです」
https://amana-visual.jp/photographers/Honami_Kawai

Editor
神吉 弘邦 Hirokuni Kanki

NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「1年前、第1回の記事が掲載されたころに比べて大きく前進したALEのプロジェクト。『マーズ2020ローバー』の報道も、日々更新されていきます。まさに日進月歩の宇宙開発。2020年は本連載も次々と新たなゲストを訪ねる予定です」

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